南京感想文 Nanjing scribble

突然始まった南京の暮らしを気の向くままに紹介します。

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『生きる』

『生きる』(1952年/監督・黒澤明)

 役所の市民課の課長が、胃がんで余命僅かなことを悟り、「木乃伊」のように生きてきた自分の人生を振り返って、行動を起こす物語。志村喬がもたもた、ぽつぽつ話すのでまだるっこしいが、ついつい引き込まれる作品。事なかれ主義、小役人根性、無責任たらいまわし体質、上下関係に対する異様な卑屈さなど、多くの日本人が抱えるメンタリティーを浮き彫りにし、さらに生活を共にしながらも本質的なコミュニケーションに欠ける、実は疎遠な日本の家族関係もあぶり出す。
 最後に主人公は「公園」を完成させ、幸福感(おそらくは生きる充実感)を得て死んでゆくが、もし「公園」プロジェクトが厚い官僚主義の現実の前に挫折し、完成させることができずに死を迎えることになったら、彼は果たして「命短し恋せよ乙女」と微笑みながら歌うことができただろうか。無念の気持ちを抱えて命尽きるか、あるいは全力を尽くしたと言う満足感を胸に息絶えるのか。
 彼の通夜の際、同僚、部下たちがとりとめもなく話す場面で、印象的な台詞があった。私も普段感じていたことで、50年たっても変わらないばかりか、現代はますます悪化しているみたい。それは「世間では汚職で大金がどうしたなどと騒いでいるが、実は日々意味のない無駄な(書類)仕事を「公僕」にさせ続け、もっと膨大な金と時間を無駄にしているのだ」と言う意味の台詞。OA化、コンピューター化が進んでも、不必要な書類は増え続ける一方で、空しい仕事に働く意欲をなくしてゆく暗い現状。うーむ、これじゃあ映画でも観て現実逃避でもするしかないじゃん。え?それじゃ、この映画を観た意味がないって??

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玄武湖

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 玄武湖へ行った。西の玄武門から入り、城壁に沿って南下、解放門へ。そこで台城(明城垣史博物館)に入り、明の城壁の上を太平門へと歩いた。城壁に使われた接合剤の成分が未だにはっきりしていないという。九華山公園にちょっと寄り道。ここには玄奘寺がある。そこから湖に沿って北上。情侶園(花華公園)に寄り道。そこから湖を横断。翠州、梁州、環州、桜州、菱州と五つの島が橋でつながっていて、そこから玄武門あるいは解放門へ戻ることができる。これで湖の南側をぐるっと半周したことになる。天気のよい気持ちのいい日で合計五時間のウォーキングになった。


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閲江楼


 閲江楼へ行った。長江沿いの小高い丘の上にあり、ここからは長江だけでなく南京市街が一望できる。城壁や紫金山もよく見える。階段を上らなくてもエレベーターがあるので脚の弱い方も心配要らない。昔、中国には有名な4つの楼があった。黄鶴楼、岳陽楼、滕王閣、そして南京のこの閲江楼である。この建物は数年前に再建されたばかり。隣に天妃宮と静海寺があるが、こちらも新しくてありがたみが少ないのか、人が少ないのがいい。
 静海寺には鄭和に関する展示がある。彼はコロンブスやバスコ・ダ・ガマより1世紀も早く大航海を行った人物。1371年雲南地方に生まれたイスラム教徒で明の宦官。永楽帝に重用され、1405年第1回の南海遠征に出発した。彼の用いた「宝船」には壊血病の予防策まで講じてあったという。計7回の航海で、東南アジアばかりか、インド・中近東、アフリカまでその航海を広げ、イギリスの歴史学者ガビン・メンジース(Gavin Menzies)によれば、艦隊は第六回航海の1421年3月から1423年10月にかけて世界一周の航海を行い、艦隊の一部はアフリカ南端から北上してカリブ海沿岸、今のカリフォルニア沖などにまで達していることが分かったという。南京には彼を記念する公園等もある。

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『近松物語』

 『近松物語』(1954年/監督・溝口健二)は江戸時代の雰囲気をたっぷり味あわせてくれる作品。三味線、尺八、拍子木などの効果音とモノクロームの画面がよく合っており、どこか舞台を見ているような印象も受ける。
 原作は近松門左衛門の「大経師昔暦」で実際の姦通事件をもとにした作品だとか。ストーリーは、京都の大経師屋の手代、茂兵衛(長谷川一夫)と主人の若い後妻、おさん(香川京子)が、それぞれ辛い境遇を耐えしのびながら不合理な時代のしきたりに沿って生きていたもののの、ふとしたことから主人の怒りを買い、二人で逃避行をする成り行きとなり、そのうちに互いを激しく慕い合うようになって、結局「不義密通」の罪で磔にされる結末を迎えるというもの。
 ロマンチックな悲恋物語というよりは、人間の弱さや醜さがよく描かれている作品。
当時は変化のない硬化した社会状況。不合理なことも辛いことも我慢して生きるしかなかった。「家」がすべてで、皆が頭ばかり下げている息苦しさ。厚顔な者ほど何の疑問も持たずわが身ばかりを考えて楽に世の中を渡り、心優しい者ほど辛い思いを耐えたあげくに絶望的な状況へと陥ってゆく。
 当時の人々に「恋愛」への理解を求めるのは酷だと思うが、苦境にある二人に同情心を抱く人が全く登場しないのが哀しい。お上に従うことが「人の道」だと信じこまされて、疑うこともしない人々の哀れさ。はじめの方の場面で、女たちが磔にされる武家の女に同情して「かわいそうだ」とか「片手落ちだ」とか言っているが、男たちは「職務に忠実」で「手柄」をあげることしか考えていない。貧しい茂兵衛の父親だけが口では息子を責めながらも人間らしいふるまいを見せる。
 おさんの母親に「この家までつぶすつもりか!」と責められても、共に生きられる道のないこの社会に、茂兵衛もおさんも未練はなかっただろうし、その社会を支持している人々への義理人情的心情はもはやどうでもいい程度でしかなくなっていただろうと思う。家が取り潰しになろうと構わず、二人は一緒に手をつないで明るい顔で磔の執行場所へつれられて行く。愛の成就というよりは、行き場のない社会のなかで追い詰められた男女が、意図せずして結果的にその社会に反逆してみせたように思えた。

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 南京の秋は短いが、秋を感じさせてくれるものは多い。街に出るとポプラ並木の大きな枯葉がいたるところに散っている。夏の間は閉まっていた甘栗屋が開店し、ブーツを履く女性が増える。街に出なくても学校の中には沢山の銀杏の木があって、鮮やかな黄色に紅葉する。木の下で落ちている銀杏を拾っている人をよく見かける。今年は例年に比べ19日も遅い秋入りだった南京だが、今はもうすっかり冬の気配だ。
 文化の秋、食欲の秋などと言うが、私の場合はメロドラマの秋である。中国でも韓国ドラマの人気は高く、女子学生がよく観ているが、韓国のメロドラマは長いTVシリーズものが多く、私にはそれを延々と観ている忍耐力がないので、2時間程度で終わるハリウッド映画を観ることが多い。私の趣味の一つはメロドラマを観て泣くことで、最近観たDVDでは『コールド・マウンテン/Cold Mountain』がよく泣けた。南北戦争時、ジュード・ロウ演じるインマンがニッコール・キッドマン演じるアイダのもとへ必死に帰る物語。多くの障害があってなかなかたどり着けず、3年以上彼らは互いを強く想いながら会うことができない。美男美女が離れ離れでなかなか結ばれないというメロドラマの王道を行っているような作品だ。
 ところで、『007カジノ・ロワイヤル』をご存知?私は偶然このDVDをネパールの山小屋で観てキャスティングに疑問を持った。新しいヒーロー像を打ち出そうとしたのだろうが、主演のダニエル・クレイグは「ジェームズ」の洗練されたイメージからあまりにも遠く、違和感がある。次作も彼で製作しているらしいが、彼は悪役ぴったりタイプ。ピアーズ・ブロスナンはハンサムだったが線が細かった。そこで次の代のジェームズ・ボンド役には、ずばり、この『コールド・マウンテン』のジュード・ロウをオススメしたい。え?そう思うのは私だけ?いいと思うんだけど…。
 さて、涙にはストレスで体内に生じた有害な物質を流し去る働きがあるとどこかで読んだ。感情が高まるとアルブミンというストレス物質が生じ、泣くことによってそれが取り除かれるという。面白いのは怒りの涙のほうが悲しみの涙よりしょっぱいという話。ナトリウムが多く、水分が少ないのだそうだ。日常生活で泣くことはあまりないので、私はメロドラマを観て泣くととてもすっきりする。どなたか、あまり暗くならずによく泣ける映画をご存知の方いらっしゃいましたら是非私にご一報くださいませ。

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雨花台烈士陵園


 雨花台烈士陵園へ行った。この地で説法した霊光法師の話に天から雨のように花が降ってきたという伝説から雨花台と呼ばれるようになったと言う。ここは太平天国の乱、辛亥革命などで何度も戦場になったり、国民党が刑場にしたりで、大変多くの血が流された場所でもあり、今はいくつかの建物が点在する広大な陵園になっている。
 古雨花台には雨花閣が建ち、上から下を見渡すと、広々とした園内に多くの緑の樹木が広がり、今は紅葉した木々の華やかな色が所々に眺められる。烈士記念館などを除けば、広いだけに比較的人が少なく、小奇麗に整備された雨花石展示館などもあって、落ち着いて散歩することができる。街の喧騒をちょっと離れて、お手軽に森林浴したい人にオススメ。


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太平天国歴史博物館

 太平天国歴史博物館へ行った。太平天国の乱は中国清代に起きた大規模な反乱。 洪秀全が独自に解釈したキリスト教の教義(エホバを上帝とし、彼はエホバの子でイエスの弟だとする。)に基づく宗教団体太平天国によって起こされた。洪秀全は客家出身。科挙の予備試験に何度も失敗し、失意のあまり病床についた時不思議な夢見る。さらに『勧世良言』というキリスト教の冊子と出合い、「拝上帝会」を設立。1851年国号を太平天国とし、革命を起こす。清の軍を破り、1853年南京を天京として太平天国の王朝を立てた。太平天国が行ったことの中には、纏足の禁止や売春の禁止、女性向けの科挙の実施などもある。男女平等の理念からというよりは輸送力の確保など現実的な必要から行われたらしい。庶民には一夫一婦制を求めながら、幹部は旧約聖書における一夫多妻を理由に多数の妻をもっていたなど、実情は混沌としていたようだ。 始めは理想に燃え、軍の士気もモラルも高く、民衆の支持も高かったようだが、やがて内紛により弱体化してゆく。正規軍が機能しない清は、曾国藩の「湘軍」や、李鴻章の「淮軍」などの私軍(後の軍閥の先駆け)や英仏人部隊「常勝軍」に戦いを任せる。1864年、湘軍によって天京は陥落し、太平天国の乱は終結した。
  さて、この博物館には南京の名園の一つである「瞻園」がある。太平天国の時代は東王楊秀清の王府だったとか。夫子廟の近くにあるので、ついでに寄るとよいかも。


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鳥の散歩

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 地下鉄を降りたところ、道々の一角、公園の中。そこに植えられている木々の枝に鳥籠をつるして何やら話しこんでいる男たちをよく見かける。籠の中にはそれぞれ鳥が入っている。綺麗な色のインコもいれば、地味な容貌の小鳥もいる。初めは鳥を売っているのかと思ったが、これは飼い鳥の散歩だという。籠に入れたままで散歩になるのかどうか疑問だが、外の空気に触れさせるのだと言う。それなら窓からつるしたって同じだと思うのだが、どうも木につるすのがポイントらしい。そして飼い主たちは馴染みの仲間とおしゃべりを楽しむのが日課のようで、ほとんど鳥たちには目もくれない。鳥の身体に紐をつけて1メートルしか飛べないようにして散歩に連れ出している人を見かけることもあるが、籠はなくても鳥が気の毒になる。

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『不都合な真実 』

 『不都合な真実  An Inconvenient Truth』(2006年アメリカ)

  アル・ゴア元アメリカ副大統領が地球温暖化問題について世界各地で
スライド講演を行っている姿を追ったドキュメンタリー・フィルム。上がり続ける気温の影響で、世界各地で環境破壊が進み、異常気象をはじめとする多くの問題が近年急増していることを訴えている。具体的な事例を映像で示しながら、その関連性についてわかりやすく説明している。この活動をするに至った経緯を率直に語り、ユーモアも交えながら冷静に話を進めていく。見事だと思う。彼は不運や挫折を受け入れ、肩肘張らずに自分の信じることを行動にうつしている。その姿勢がとても印象的だ。
 2000年の選挙自体が不明瞭で信頼できないとはいえ、なぜ彼ではなくブッシュ大統領が選ばれたのか私には未だによくわからない。知人(アメリカ人)によれば「彼(ブッシュ)は非常に恵まれた階級の人間ながら、表面的には隣に住んでいる気さくなフツーのアメリカ人のように見える。アメリカ人はそういうタイプが好きなんだ。でも大統領にはもっと知的な人物がふさわしい。飲み友達を選んでるわけじゃないんだから。」とのこと。
 京都議定書を批准しなかったアメリカだが、当時彼(ゴア)はクリントン政権下で議会に賛成を促すため個々に働きかけたものの、上院議員100人のうち1人しか説得できなかったと言う。そのことから地球温暖化の危機を解決するためには、国民の意識を変えていかなければならないと悟ったのだそうだ。今はアメリカのみならず世界を講演してまわり、世界の人々の意識を変えようとしている。 ちなみに先月、
ノーベル賞委員会は、2007年のノーベル平和賞を、アル・ゴア前米副大統領と、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に贈ると発表した。

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江心洲

 江心洲へ行った。江心洲は揚子江(長江)の中洲島で細長い形をしている。地元のタウン誌によれば最初に住みついたのは1世紀ほど前に安徽省からやってきた貧しい人々で、現在は1万2千人の住民が暮らしているそうだが、ホントかな?と言う感じ。というのも、ここは南京中心部に近く、船着場からは渡し船で3分で着く距離なのに、人がとても少ないのだ。これは中国では本当に珍しいことで、こんな場所はめったにない。ここは昔ながらの農村で、メインストリートの両側に葡萄畑と野菜畑が広がっている。高いビルなど一つもなく、人も車も数えられるほどしか通らない。南京の街とは別世界で、時間の流れさえ違っている。江心洲へ着いてまず感じるのは空気がきれいなこと。静かなこと。ごてごてしたサインも照明もなく、空が広いこと。都会の喧騒から逃れるにはぴったりの場所だ。実際、貧しい芸術家たちが移り住み、小さなコニュニティを形成しつつあるという。

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  ここには昔の農機具や風俗の類が保存されている施設がいくつかある。展示の中には過去の農村の様子を写したした写真もあり、その中に「知青」という言葉が出てきた時、一緒に行った中国人の友人が「知青」について話してくれた。「知青」とは「知識青年」の略。「知識青年が農村に赴き、貧しい農民から再教育を受けることは大変重要である」という毛沢東主席の言葉から、都市の中学生・高校生ぐらいの青年を農村に「下放」する政策がとられ、それは1950年代の中頃から始まり、文化大革命を経て1970年代の末頃まで続いたという。彼女の母親は「知青」として農村に送られ、多くの仲間が都市に戻れなくなってゆく中、軍人の夫に出会うまで独身を通し、当時としてはかなり遅い30歳で彼女を生んだと言う。もし彼女の母親が周囲の圧力に屈して農夫と結婚していれば、友人の運命は全く違ったものになっていたに違いない。1979年から「知青」の帰郷が始められたものの、全員がすぐに帰郷できたわけでなく、帰郷できぬまま不幸な人生を歩んだ人も多いという。のんびりとした農村風景も彼女の母親にとっては辛い思い出につながる。


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紅山森林動物園


 宿舎から地下鉄で5駅の所に動物園がある。広い公園の中に、動物たちのパビリオンが点在しているという感じで、全部一つ一つ観てまわると半日かかる。ここは子どもよりも年配の男女が運動のために来ているという雰囲気で、いたるところで太極拳、剣舞、社交ダンス、独楽回し、バトミントンなどに熱中する姿がみられる。
 特別な動物園ではないが、さまざまな動物が一通りそろっている。象やキリンやライオンなど定番の動物の他、フラミンゴやカンガルーやヤクもいる。ワニや蛇もいる。もちろんパンダもいる。それぞれの動物たちの檻の前では、サバンナで自由に走り回っていた野生の仲間の動物たちの姿を何度も思い出した。狭い檻の中を繰り返し行ったり来たりする姿は気の毒だったが、動物たちを間近で見られて興味深かった。例えば黒豹はよく見ると背中に斑紋があって、光の加減でうっすらと浮かび上がって美しい。3匹のジャッカルがじゃれまわる檻の隣では、毛のふさふさした雄ライオンが行儀よく座ってこちらを見ている。動物園は大人が見ても楽しい。

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 さて、この動物園での私の一押しはこちら、白虎である。大きくて力強い身体は真っ白な毛で覆われ、茶色の縞文様が全体に広がり、とても印象的だ。初めて白虎を見たので、余計ひきつけられたのかもしれない。白という色が妙に目立つせいか、周りから浮き立って見える。あんまり魅力的だったので、しばらく檻の前から離れられなかった。


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『人間の証明』

『人間の証明』(1977年)

 学生に薦められて観たけれど、率直なところ、私の母が昔よく観ていた「火曜サスペンス劇場」といった雰囲気。豪華キャストで固めたわりに深みがなく、松田優作の存在感だけが光っている映画。今見てみると、脚本に説得力がなく、作品自体に個性がない。。「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね。」というフレーズは私も聞き覚えがあり、当時たぶんヒットしたのだろうと思うが、時間が経つとその作品の真価が浮き彫りにされるものなのかもしれない。古くてもいいものは何時観てもいい。例えば、小津安二郎の作品はワンパターンで私はあまり好きではないが、いい作品が多いと思う。軽い映画は軽い映画でよさがあり、エンターテイメント・娯楽映画も好きだが、この映画はだめだった。全体に中途半端なのだろうと思う。
 話は逸れるが、役者も似たようなところがあって、中途半端が一番ダメと言うのは、私の隣人の一人の弁。彼はNYの演劇界で働いたことがあり、学生にドラマの指導をしている。彼によれば、いい俳優は「very smart」 か「very crazy」のどちらかで、中途半端、平凡はどうしようもないと言う。例えば、ジェレミー・アイアンズは役に感情移入することはなく、徹底的に知的に役を構成し、感情移入することなく、すばらしい演技をするタイプ。それに対してダスティン・ホフマンは日常生活の中でも役になりきり、役柄と連動して実際に眠れなくなったりするタイプ。ゆえに勿論、スタニフラフスキー・メソッドは「very crazy」なタイプの俳優のためのもの。なるほど、一理あるかもしれないと思わない?

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栖霞山


 天気がよかったので栖霞山へ行った。栖霞山は南京の22km北東にあり、公共バスで1時間弱かかる。南京は都会だが、市の中心部を少し離れると違った顔を見せる。真新しい現代的なビルが減り、タイル貼りの近代的な低層の建物に混じって、昔ながらのレンガやコンクリートの古い家並みが残り、老人がのんびり日向ぼっこをしている姿が見られる。鍬で畑を耕す農夫の背景には高層の団地群が見え、「発展」の過程がバラバラに入り混じりながら続いているとでも言ったらよいだろうか。
 栖霞山には栖霞寺があり、紅葉が有名。南京は先週から急に気温が下がったが、いつも突然季節が変わるので身体がなれないうちは特に寒く感じる。南京は春と秋が短く、夏と冬が長い。南京市は揚子江(長江)の南に位置するので、「南」とみなされ、教室に暖房がない。実際は横浜より寒いので、冬は大変である。いくら厚着をしても身体も声も震えてしまう。気の毒なのは学生である。教室でも手がかじかんで字が書けないが、寮に帰っても暖房がないので身体を温めることもできず、布団の中に直行する。冬休みがなかったら凍死してしまうかもしれない。

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