南京感想文 Nanjing scribble

突然始まった南京の暮らしを気の向くままに紹介します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

『真珠の首飾りの少女』

『真珠の首飾りの少女/GIRL WITH A PEARL EARRING』(2003年イギリス)

 フェルメールの描く絵の世界の雰囲気をたっぷり味わえる映画。この絵をモチーフにした小説が原作のフィクション。フェルメール(コリン・ファース) の家でメイドとして働き始めたグリート(スカーレット・ヨハンソン)の物語。色や光-すなわち芸術-の世界を共有する二人は、現実には主人と使用人の関係を超えることはできない。互いの内側にある想いを言葉にするわけでもなく、絵画を通してつながる二人の姿。手を握るシーンさえない作品だが、ぼってりとしたスカーレット・ヨハンソンの濡れた唇や、真っ白な肌に美しい巻き毛を対照させて官能的な映像を作っている。抑えている情熱は二人の視線にあふれ、周囲の者にも簡単に悟られてしまうほどの深いものになってゆく。フェルメールの妻に激しく嫉妬され、彼の子どもに嫌がらせをされ、グリートは厳しい状況に追い込まれてゆくが、それでも絵の完成に協力することをやめない。真珠のピアスをつけるために耳たぶに針を突き刺すシーンは、二人の象徴的な情事だと言える。
 ところで、作品の中にカメラ・オブスキュラが出てくる。camera obscuraは文字通りには「暗い部屋」で、針穴写真機の原理を利用した外界を正確に写し取るための装置。その特徴は表象学の先生によると、1)外界の対象を直接目にすることなく、この対象の「表象」を通じて真実を探る→光を通じた外界の正確な表象をもたらす装置、2)この装置を利用するには、外界との直接的な遭遇を避け、閉ざされた空間内に自己を位置づけることが必要、で、これが当時の学問や知のあり方に対応するという。フェルメールが描いた天文学者は天体そのものではなく天球儀(天の表象)を研究し、地理学者は地球そのものではなく地図(地球の表象)を研究している。フェルメールは純粋に美を追求していただけかもしれないが、その作品には多くの「閉ざされた」ものが描かれているようだ。

スポンサーサイト

PageTop

南京大虐殺記念館

 今日は侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館へ行き、虐殺被害者を哀悼する集会に参加した。今年は南京大虐殺70周年で、約8000人が記念館平和広場に集まったという。日本人も300人ほどいたというが正確な数はわからない。私の前はウガンダ人男性、右隣は仏教僧、左隣は九州の日中友好協会から来たという人、後ろは知人の日本語教師が並んでいた。午前10時サイレンが鳴り響き、哀悼と平和への祈念のスピーチがあり、鐘が撞かれ、無数の鳩の群れが上空を舞っていった。
 チャイナ・ネットによれば、「1937年12月13日から1938年1月までの6週間の間に、中国侵略の旧日本軍が中国の同胞30万人以上を殺害し、南京市の3分の1以上建物を焼き払った。1994年以後、毎年12月13日、南京市民は集会を開き、哀悼イベントを行い、全世界の平和を祈っている。」昨年は改修中で閉館していたが、今年、新たに発見された被害者の遺骨を展示した別館もあわせて新装開館した。
 館内はかなり広く、映像も多く使われ、中国語、英語、日本語の三言語で展示がある。展示を見学しながら、あまりにも酷い行為に胸が詰まった。私は以前、ポーランドのオシビエンチム(アウシュビッツ)を見学したことがある。第二アウシュビッツと呼ばれる強制収用所跡にそのまま残っているバラックの一つに入った途端、背筋がゾクゾクして、恐怖を感じたのを覚えている。残忍な歴史の跡には強烈な力があって、私のような凡庸な人間にも揺さぶりかけてくるものがある。拷問、惨殺、略奪、強姦、人体実験などの被害者を思うと、言葉をなくす。当時の被害者も加害者も高齢になり、証言が聞けるのもあとわずかだろう。悲惨な歴史が風化されてしまうのは怖い。

PageTop

『トーク・トゥ・ハー』

 『トーク・トゥ・ハー/Hable con Ella/talk to Her』
   (2002年スペイン/監督 Pedro Almodovar ペドロ・アルモドバル)

 「先生、リディアはいつまであの状態に?」
 「数ヶ月。数年。一生。」
 「治る見込みは?」
 「医学的にはムリです。…しかし15年の昏睡から目覚めた症例が…出産で昏睡状態に陥って、リディアと同じ植物状態に。でもあらゆる見解を覆し、回復したのです。」
 「希望はあるんですね?」 
 「科学的にはムリでも、希望を持つのは自由です。」

 ピナ・バウシュの舞台から映画は始まる。スリップ姿のダンサーが目を閉じたまま動き回る。客席の二人の男、それが看護士ベニグノとライターのマルコ。彼らはここではまだ知り合っていない。4年間、昏睡状態のバレリーナ・アリシアを看護するベニグノ。マルコは女性闘牛士のリディアと恋人関係になるが、リディアが事故で昏睡状態に陥りアリシアと同じ施設に入るところから、二人の人生が交差する。「人生で最も充実した4年間だった。彼女の世話をして、彼女の好きだったことをする。」と目を細めるベニグノ。

 「話すんだ、そのことを。」
 「話しても通じないよ。」
 「なぜそう思うんだ?」
 「彼女の脳は破壊されている。」
 「女の脳は植物状態でも神秘的だ。注意深く見つめ、話しかけ、優しく接し、愛撫してあげること。大切な存在だと伝えてやるんだ。それが癒しさ。経験で学んだ。」

 この映画は俳優たちがすばらしく魅力的だ。若いLeonor Watling(Alicia)はそれなりにきれいだが、Rosario Flores(Lydia)の全く贅肉のない締まった身体にはほれぼれするし、それでいてマルコをみつめる視線の甘いこと。Geraldine Chaplin(Katerina)のしわくちゃの顔はきりっとしていて表情が明快、背筋がぴんとのびていてすがすがしい。Javier Camara(Benigno)の無邪気な子どものような表情、ひたむきさの表現の上手いこと。何度かDario Grandinetti(Marco)が涙を流すシーンが出てくるが、その姿がまたすごくいい。せつなさが滲み出ていてひきつけられる。それから、俳優ではないが、カエターノ・ヴェローゾ/Caetano Velosoの歌には心を揺さぶられる。言葉を失わせる美しさだ。彼の歌を聴くだけでもこの映画を観る価値がある。

PageTop

陽山碑材/明文化、湯山猿人洞

20071208194933.jpg


 陽山碑材(明文化)と湯山猿人洞へ行った。南京から25kmほど東にあり、公共バスを乗り継いで約1時間ほどかかる。陽山碑材は明時代の建築につかわれた石切り場で、山の中に巨大な石材が残っている。入り口には明時代の建築や風俗などが再現された民族村があり、そこでは獅子舞などの出し物を見せてくれる。
 一方、湯山猿人洞は小さな鍾乳洞で、猿人が暮らしていたことがあるらしいが、今はカラフルな照明の下、人形などが展示されているので、雰囲気は「テーマパーク風の近所の公園」とでも言った感じ。ベトナムでもそうだったが、なぜ洞窟をわざわざ色とりどりのライトで照らすのだろうか。キレイとも不気味とも言えず、特に石がくっきり見えるわけでもない。え?何でもにぎやかなほうがいいって?


20071208194901.jpg

20071208194847.jpg


PageTop

質疑応答

 「反思戦争、擁抱和平ー侵華日兵見証会」に行き、87歳の元日本兵が中国での自分の行為を証言するのを聞いた。彼は千葉の小作人の家に生まれ、20歳で陸軍に入る。中国へ渡り、上官に命令されるまま、農民の拷問、殺害、物品の略奪、家財放火、農民を対象にした毒ガス実験などを行ったという。敗戦後、シベリア抑留を経て、中国黒龍省の戦犯施設に引き渡されたが、そこで人道的な扱いを受け、自らの行為を考え直す機会を得る。死刑も覚悟していたが、「釈放」の判決を受け、1956年8月帰国したと言う。以後、中帰連に入り、戦争の加害証言活動を行っている。帰国時からずっと公安に監視されているそうだ。
 同行の「世界」の編集者によれば、若者に戦争の歴史が伝わらないのは三つの原因があり、それは教育・メディア・与党(自民党)だそうだ。彼は右翼の嫌がる天皇制、南京事件、従軍慰安婦問題、中帰連のうち、3つをカバーしているので、当然嫌がらせを受けているが、毛沢東の「敵に反対されるのはよいことだ」を引用して、嫌がらせを受けない活動なら反省しなければならないのだと言う。
 ところで、こういう会には「質疑応答」が付きものだが、どうして日本人の発言の場合、長くわかり難くしかも質問になっていないものが多いのだろうか?漠然とした自分の感想を並べてから、それに答えてくれと言う。質問になっておらず、通訳・進行者泣かせである。四方山話をしているようなもので、何が聞きたいのか要領を得ない。慣れた講演者は適当に関連のある話をしてつなげてくれるが、それはもちろん「応答」ではない。自分のことは棚に上げて言うが、質問するなら質問らしい発言を期待したい。難しい内容でもせめて質問は明確にしてほしい。え?日本人の考える「質疑応答」は質問をして答えてもらう場ではなく、感想を言い合う場だったの?

PageTop

『BBC広島』 

 『BBC広島/Hiroshima 』(1995年)は淡々と作られている作品だが、原爆の落とされた経緯とその恐ろしさを端的に伝えている。ところどころにちりばめられた当時の映像が何とも言えない力強さで胸を打たれる。生存している関係者のインタビューはそれぞれの立場や経験を伝えていて興味深い。
 「戦争を知らない世代」の私は、戦争を身近に感じることがほとんどない。世界のどこかで行われている戦争をメディアのニュースで知るのみで、反戦運動に参加したこともないし、第二次世界大戦でさえその歴史をまともに勉強したこともない。だから戦争について語ることはないが、この作品を観ながら思ったことが一つある。それは日本人あるいは日本文化の中には、現実離れした精神主義があって、それは現在でも生き残っているのではないかと言うことだ。私の以前の上司は、慢性的なサービス残業の上昼休みも満足にとれないでいる部下たちに、「時間はつくるものだ」と言い放って現実的な問題解決には知らんぷりだった。他にもそんな同僚が沢山いて、私はまるで別の惑星にでも来たかのような気持ちがしたものだった。
 精神論で物事が解決するなら敗戦はなかっただろう。作品の中では広島に原爆が投下されても降伏を渋った陸軍大臣阿南惟幾が登場し、繰り返し強硬な精神論を振りかざす。ポツダム宣言受諾後「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」と切腹をするが、この「罪」が何を意味しているか、日本人と日本人以外では解釈が異なるだろうと思った。
 ところで、この人をネットで検索したら2002年の北朝鮮亡命者が瀋陽の日本総領事館に駆け込んだ事件が引っかかった。事件の数時間前、駐中国大使が大使館の職員に対し、北朝鮮を脱出した住民の駆け込みは「不審者と見なして追い出せ」との趣旨の指示をしていたことが発覚した事件である。この、人権への配慮に欠けた指示を出した大使が、阿南惟幾の6男、阿南惟茂なのだとか。どこで何がつながっているかわからないもんだ

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。