南京感想文 Nanjing scribble

突然始まった南京の暮らしを気の向くままに紹介します。

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太平天国歴史博物館

 太平天国歴史博物館へ行った。太平天国の乱は中国清代に起きた大規模な反乱。 洪秀全が独自に解釈したキリスト教の教義(エホバを上帝とし、彼はエホバの子でイエスの弟だとする。)に基づく宗教団体太平天国によって起こされた。洪秀全は客家出身。科挙の予備試験に何度も失敗し、失意のあまり病床についた時不思議な夢見る。さらに『勧世良言』というキリスト教の冊子と出合い、「拝上帝会」を設立。1851年国号を太平天国とし、革命を起こす。清の軍を破り、1853年南京を天京として太平天国の王朝を立てた。太平天国が行ったことの中には、纏足の禁止や売春の禁止、女性向けの科挙の実施などもある。男女平等の理念からというよりは輸送力の確保など現実的な必要から行われたらしい。庶民には一夫一婦制を求めながら、幹部は旧約聖書における一夫多妻を理由に多数の妻をもっていたなど、実情は混沌としていたようだ。 始めは理想に燃え、軍の士気もモラルも高く、民衆の支持も高かったようだが、やがて内紛により弱体化してゆく。正規軍が機能しない清は、曾国藩の「湘軍」や、李鴻章の「淮軍」などの私軍(後の軍閥の先駆け)や英仏人部隊「常勝軍」に戦いを任せる。1864年、湘軍によって天京は陥落し、太平天国の乱は終結した。
  さて、この博物館には南京の名園の一つである「瞻園」がある。太平天国の時代は東王楊秀清の王府だったとか。夫子廟の近くにあるので、ついでに寄るとよいかも。


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