南京感想文 Nanjing scribble

突然始まった南京の暮らしを気の向くままに紹介します。

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拉貝

ジョン・ラーベ(John H.D.Rabe)という人をご存知だろうか?


シーメンス社に勤めていたドイツ人で、1937年当時は南京支社長の地位にあった。日本軍の侵攻を危惧し、上海陥落後ただちに南京には国際安全区が設けられたが、彼はその委員会の代表となった人物である。日本の侵略下で数知れぬ虐殺行為が行われている中、わずか4k㎡弱の国際安全区によって、25万人の中国人の命が救われたという。600人の難民を自ら庇護し、彼に命を救われた多くの中国人から「生き仏」と称えられている。その人道的行為から「南京のシンドラー」とも呼ばれる。


皮肉なことに彼はヒトラーを信じるナチスの党員であった。日本軍の残虐行為をヒトラーに報告する手紙を書き、ベルリンでその報告もしたが、逆に取調べを受けている。戦後はナチスとの関わりから冷遇され、彼に感謝する中国人からの援助で生活し、1950年にベルリンで亡くなった。彼の物語はハリウッドで映画化・公開されるらしい。なお、南京大虐殺の様子が記録されている彼の日記は日本でも翻訳されて出版されている。
*『南京の真実』 ジョン・ラーベ '97.10.9 講談社


今年の秋、彼の南京での旧居が改修を経て記念館として一般開放された。
是非一度足を運ばれたし。
「Return the world to man & return man to himself.」

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| | 2006年12月29日(Fri)16:35 [EDIT]


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