南京感想文 Nanjing scribble

突然始まった南京の暮らしを気の向くままに紹介します。

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『女が階段を上がる時』 

 『女が階段を上がる時』(1960/成瀬巳喜男)は50年近く前の作品ながら、女性の置かれている状況は今も変わらないなという感想を持った。古い作品なので世相や風俗は現代とは異なるが、女が男の庇護をまったく受けずに生きる難しさがよく描かれている。高峰秀子演じる銀座のママが周囲の男たちを何とかあしらいながら生きているものの、あしらいきれずに「真冬のような厳しい試練」を受け、それでも健気に強く生きていこうとする物語。
 こんな過酷な環境下でさえ、ヒロインばかりにそれを求めるストーリーに、ああ、やっぱり日本の社会は「頑張る人間」、「(夜の世界でも?)貞淑な女」が好きなんだなあと思った。逆に言うと、頑張らない人間や享楽的な人間は好まれない。頑張らないと許されない。身体を壊すほど働いてやっと認められるような雰囲気が普通の世の中。「頑張っているね」は褒め言葉で、「頑張れ」は励ましの言葉と信じて疑わない価値観。私は社会に出てから「頑張る」という言葉が嫌いになった。生きる喜びを日々享受しながら人間的なテンポで無理せず暮らそうとすれば周囲から白い目で見られる。映画の中では当時夜11時には店を閉めていたが、現代ではおそらく店を閉めるのは翌日、深夜2時くらいだろう。今のママ―女たち―はもっと過酷な状況を生きているに違いない。  
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