南京感想文 Nanjing scribble

突然始まった南京の暮らしを気の向くままに紹介します。

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『人間の証明』

『人間の証明』(1977年)

 学生に薦められて観たけれど、率直なところ、私の母が昔よく観ていた「火曜サスペンス劇場」といった雰囲気。豪華キャストで固めたわりに深みがなく、松田優作の存在感だけが光っている映画。今見てみると、脚本に説得力がなく、作品自体に個性がない。。「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね。」というフレーズは私も聞き覚えがあり、当時たぶんヒットしたのだろうと思うが、時間が経つとその作品の真価が浮き彫りにされるものなのかもしれない。古くてもいいものは何時観てもいい。例えば、小津安二郎の作品はワンパターンで私はあまり好きではないが、いい作品が多いと思う。軽い映画は軽い映画でよさがあり、エンターテイメント・娯楽映画も好きだが、この映画はだめだった。全体に中途半端なのだろうと思う。
 話は逸れるが、役者も似たようなところがあって、中途半端が一番ダメと言うのは、私の隣人の一人の弁。彼はNYの演劇界で働いたことがあり、学生にドラマの指導をしている。彼によれば、いい俳優は「very smart」 か「very crazy」のどちらかで、中途半端、平凡はどうしようもないと言う。例えば、ジェレミー・アイアンズは役に感情移入することはなく、徹底的に知的に役を構成し、感情移入することなく、すばらしい演技をするタイプ。それに対してダスティン・ホフマンは日常生活の中でも役になりきり、役柄と連動して実際に眠れなくなったりするタイプ。ゆえに勿論、スタニフラフスキー・メソッドは「very crazy」なタイプの俳優のためのもの。なるほど、一理あるかもしれないと思わない?

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