南京感想文 Nanjing scribble

突然始まった南京の暮らしを気の向くままに紹介します。

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『近松物語』

 『近松物語』(1954年/監督・溝口健二)は江戸時代の雰囲気をたっぷり味あわせてくれる作品。三味線、尺八、拍子木などの効果音とモノクロームの画面がよく合っており、どこか舞台を見ているような印象も受ける。
 原作は近松門左衛門の「大経師昔暦」で実際の姦通事件をもとにした作品だとか。ストーリーは、京都の大経師屋の手代、茂兵衛(長谷川一夫)と主人の若い後妻、おさん(香川京子)が、それぞれ辛い境遇を耐えしのびながら不合理な時代のしきたりに沿って生きていたもののの、ふとしたことから主人の怒りを買い、二人で逃避行をする成り行きとなり、そのうちに互いを激しく慕い合うようになって、結局「不義密通」の罪で磔にされる結末を迎えるというもの。
 ロマンチックな悲恋物語というよりは、人間の弱さや醜さがよく描かれている作品。
当時は変化のない硬化した社会状況。不合理なことも辛いことも我慢して生きるしかなかった。「家」がすべてで、皆が頭ばかり下げている息苦しさ。厚顔な者ほど何の疑問も持たずわが身ばかりを考えて楽に世の中を渡り、心優しい者ほど辛い思いを耐えたあげくに絶望的な状況へと陥ってゆく。
 当時の人々に「恋愛」への理解を求めるのは酷だと思うが、苦境にある二人に同情心を抱く人が全く登場しないのが哀しい。お上に従うことが「人の道」だと信じこまされて、疑うこともしない人々の哀れさ。はじめの方の場面で、女たちが磔にされる武家の女に同情して「かわいそうだ」とか「片手落ちだ」とか言っているが、男たちは「職務に忠実」で「手柄」をあげることしか考えていない。貧しい茂兵衛の父親だけが口では息子を責めながらも人間らしいふるまいを見せる。
 おさんの母親に「この家までつぶすつもりか!」と責められても、共に生きられる道のないこの社会に、茂兵衛もおさんも未練はなかっただろうし、その社会を支持している人々への義理人情的心情はもはやどうでもいい程度でしかなくなっていただろうと思う。家が取り潰しになろうと構わず、二人は一緒に手をつないで明るい顔で磔の執行場所へつれられて行く。愛の成就というよりは、行き場のない社会のなかで追い詰められた男女が、意図せずして結果的にその社会に反逆してみせたように思えた。

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